Water Library 024

・・水のほん“Water Library ”・・・

~・~・水にときめいて・~・~

 

本書『パパラギ』は、1981年に日本の書店の棚に並べられるやいなや、全国にさまざまな波紋を巻き起こしました。新聞雑誌にとりあげられたりイベントが催されたりして、現在手元にあるこの本は1972年7月に発行されたもので53冊目となっておりますが、当時の反響が伝わってきます。

帯には、“21世紀への必読図書!!”と書かれ、開高健氏は「たどたどしい雄弁と警告、寸鉄の痛烈と正確、英知と眼力と詩情があり、“真人”の風格を感じさせられる」、村上龍氏は「『パパラギ』は、単に、「現代人が失っている何かについて考えさせられる」だけの本ではない。」と紹介しています。

 

日本版の本書が生まれたきっかけについて、訳者の岡崎さんがあとがきに、次のように書いています。

 

“あなたにそよ風をお送りします。

六十年前に吹きはじめて、世界をめぐり回ったそよ風を、今、あなたにお送りします……

こんな書き出しではじめたくなるような本「パパラギ」に最初に出会ったのは、一年前、雪深いスイス・アルプスの山小屋でのことだった。”(p131)

 

岡崎さんの話では、友人とスキーに行ったところが、気温マイナス20℃、風も強く危険で、3日間小屋に閉じこめられていたところ、友人のひとりが部屋の片隅で夢中になっておもしろそうに読んでいた本がこの『パパラギ』だったのだそうです。

 

「パパラギ」とはサモア語で、空を打ち破って来た人という意味で、その昔、帆船に乗った宣教師がヨーロッパ人としてはじめてサモアにやって来たとき、サモア人がその白い帆を空にあいた穴だと思い、そこからヨーロッパ人がやって来る、空を破って現れる人とはヨーロッパ人のことでした。原書『パパラギ』を著した、というより編さんした編集者ユーリッヒ・ショイルマンは、第一次世界大戦後の暗い時代に成人し、美術学校に2度入ったが彼の求める安らぎはみつからず、ドイツ各地を放浪しました。父親のおかげで何不自由なく一生が過ごせる身分だったが、自分の3人の子どもの死を契機に、家族の反対を押し切ってサモアに渡ったそうです。帰国後はドイツから新世界アメリカに渡りました。

『パパラギ』というこの本に出会った岡崎さんは「ごく普通の人間だったというショイルマンを、いったい何が、そうした冒険へと駆り立てたのであろうか。政治、経済、思想などありとあらゆるものの大混乱の中、世界じゅうに広がった戦火をくぐりぬけながら、彼はいったい何を求めて長い旅をしたのであろうか。(p133)」と想像します。

 

ショイルマンが手掛けた酋長ツイアビのパパラギについての話をまとめた初版本は、今から約100年前の1920年(本書では今から60年前と書かれています)に世に出ました。第一次世界大戦直後の世の中に、この本は多くの人の共感をよび、ショイルマンは世界各地に講演に回ったとのことです。

エーリッヒ・ショイルマンはまえがきで、以下のように説明しています。

ツイアビの現地語のこの文章は、ポリネシアの自分の国の人びとのためにだけ話を考えたのであって、ヨーロッパで発表したり本にするつもりはなかったのを、ショイルマンが彼の了承なしに、さらには、その意思に逆らってヨーロッパの読者に紹介したそうです。ひとりの原住民の目がどのように文明を見ているか、そこから何かを学びとることは非常に意義深いものであると信じたからです。

さて、本書の語り部、ウポル島で平和に暮らしていたツイアビとは、ティアベアという村の一番偉い酋長で背が2メートル以上もあり、がっしりしたからだつきをしているにもかかわらず、細く柔らかい声だったそうです。鋭すぎるほどの冷静な、先入観に邪魔されない観察力をもっていて、対象の本当の姿をみつめていました。ツイアビはマリステンの宣教師学校に通っていた頃からヨーロッパに行ってみたいと考えていて、成人するとヨーロッパ大陸に向かう視察団に加わり、ヨーロッパの国々をまわり、文化と生活様式に関する正確な知識を集めてきたのでした。ショイルマンは村の一員として1年以上の間、ツイアビにほとんどくっつくようにして生活していましたが、決して友として扱ってもらえず、ようやく友達になってからはじめてうちとけて話をしてくれるようになったそうです。そして、断片的にこの手記を抜き取って聞かせてくれたそうです。ショイルマンは、この手記をできるだけ忠実に訳そうと努力したが、その真の感覚や呼吸が失われてしまったと嘆いています。

ツイアビは、すべてのヨーロッパの文化的業績を誤りとして、出口のない袋小路として見ていました。彼は別れるときに、「きみたちはわれわれに光りを持ってくると信じているかもしれないが、本当は違う。きみたちはわれわれを暗闇の中に引き込もうとしているのだ」と言ったそうです。ショイルマンはこれに対し、「世界戦争によって、私たちヨーロッパ人は、人間そのものに対する不信を持つにいたった。今こそもう一度、物ごとを調べ直し、私たちの文明は、果たして本当に私たちを理想へ向かわせるものであるかどうか考え直さなければならない」と書き、教育という名の重荷や島の民の真実の神を私たちが捨ててしまったことを、彼が気づかせてくれるだろうとまえがきで記しています。

ショイルマンが伝えるように、サモアの酋長ツイアビから見た文明社会とは、パパラギの生活は理解不可能なことばかりです。衣服や靴、住まいや都市、貨幣制度、労働、物、豊かさとは?、私有と共有、機械・効率で得ることと失われること、映画や新聞のまやかし、神や愛や信仰についてなどなど。客観的に見れば、おかしなことだらけだと気づかされます。ツイアビの語りは、もっと別の違う生き方があるよと、パパラギを憐れむようにときには痛烈に批判しています。考えることは重い病気であり、人の値打ちをますます低くしてしまうという言葉も、現代の私たちに対する忠告むしろ警告に聞こえてきます。また、たとえば次のようなことも書かれています。“パパラギも実は、このことでとても困っている。一日に一回、いやもっと何回でも、小川へ水を汲みに行くのは楽しいことだ。しかし日の出から夜まで、毎日毎時汲み続けねばならないとしたら、力のあるかぎり、くり返しくり返し水汲みばかりしなければならないとしたら――最後には、自分のからだの手かせ足かせにむほんを起こし、彼は怒りの中で爆発するだろう。まったく、同じくり返しの仕事ほど、人間にとってつらいことはないのだから。”(p91)

 

今、日本では水道普及率が97.8%(2014年)に達していますが、都市で暮らす私たちにとって水道がない生活、小川に水を汲みに行って一日を費やすという生活は、現実からほど遠くまさしくユートピアの世界です。まず、近くの水源へのアクセスが都市では不可能に近いです。水汲みには苦労があると思い込んでいますが、実際はどうなのでしょう。単調な労働は嫌われる傾向がありますが、ツイアビは、水汲みすることが一日に何回でもかまわないほど、水汲みは楽しいと言っています。

 

“兄弟よりも豊かであろうとする貪欲さ、

たくさんの無意味な行ない、むやみやたら手を動かす物作り、

好奇心だけでものを考えて、なんにも知らない知識、

そういうがらくたを持って私たちに近寄るな。”

“私たちは神さまからたっぷりといただいた、気高く美しい喜びでじゅうぶん満足できる。私たちが神の光りに目がくらみ、迷路へ迷いこんでしまわないように、そうではなくて、神の光りがあらゆる道を照らし、私たちが光の中を歩めるよう、自分たちの心の底で、神の光りを受け止めるよう、神さまがどうか、私たちを助けてくださるように。神さまの光り、そう、それはたがいに愛し合い、心にいっぱいのタロファ(あいさつ)をつくること。”(p124~125)

 

本書が最初に出版された100年ほど前、そして日本で読まれ始めた35年前と今現在では、サモアの暮らしも様変わりしているかもしれませんが。今もウポル島は滝が多く熱帯雨林におおわれ、白いビーチとサンゴ礁の海、水と緑の美しい島、瞳の澄んだ現地の方たち、きれいな歌声が響いているような島として知られています。ショイルマンはどこかでこの情報を得ていたのでしょうか。岡崎さんによるあとがきでは、1977年出版当時の挿絵画家マキシーネ・ファン・エールト=シェンクの次のような言葉が引用されています。“小冊子「パパラギ」が私にとって愛すべきものとなったのは、「帰れる」という夢でした。実現不可能な夢。なぜなら、現在の技術と生活水準のことを考えると私たちはもう、自分では止めることのできない手順を始動させてしまった。(中略)私の最大の願いは、自分自身と他人とを、みんながもう少し愛するようになること。私はこの本を、そう理解しています。”(P134~135)

 

「実現不可能な夢。なぜなら、現在の技術と生活水準のことを考えると私たちはもう、自分では止めることのできない手順を始動させてしまった。」という画家の言葉は、今の私たちに、いろいろな意味でひしひしと胸にせまってくるように感じています。

(2017/02/05)

 

PSHIZ16

 

【24冊目】Data

    パパラギ

     はじめて文明を見た南海の酋長ツイアビの演説集

    訳 岡崎(おかざき) 照男(てるお)

    初版1981年4月 立風書房

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