Water Library 021


・・水のほん“Water Library ”・・・

~・~・水にときめいて・~・~

 

2017年がスタートしましたね。今年の元日も初日の出を拝むことができました。(ちなみに来年の1月1日はスーパームーンだそうです。)

 

お正月の初詣には大勢の参拝客でにぎわいます。

たくさんの神社がありますが、そもそも「神道とは?」

本書『古神道の神秘 古神道の思想と行法』ではその問いに答えて述べられています。特に神道精髄の一つである「禊ぎ・鎮魂の秘儀」について詳しく記述されています。

 

 “神道の根源にある思想は

「清明正直(せいめいせいちょく)」である。

「清く、明るく、正しく、直(なお)く」が、

人間として最も大切なことであると説くのである。” (p55)

 

“この「清明」を保つには、自らの「心の浄め」をしなければならない。その方法には四つある。

第一は「水で浄める」

第二は「祓い物をもって身を浄める」

第三は「汚れた霊との交渉を切る」

第四は「思想を清明に保つ」

この第一の「水で浄める」ことが、「禊(みそ)ぎ」の原義である。”(p56)

 

 

禊ぎは川や海で水浴して神を拝み祭ります。

 

“精神的迷いに決着をつけ、身辺や環境や人間関係のもつれを整理し、素裸のまっさらな自分に返るということが、禊ぎの思想なのである。”(p63)

 

“水による浄化は、キリスト教やヒンドゥー教など、世界のさまざまな宗教にも見えるものであるが、神道の禊ぎは、その「清明正直」の思想の根源に関わるものとして、きわめて重大な信仰的意味を持っているのである。”(p65)

 

“神道は「大自然崇拝教」である。”(p254)

 

“美しい山や岩に神の住処を感じ、一本の青木を神の依り代に見立てや神道は、この自然への愛と崇拝ぬきには成立しない。また、「山川草木悉皆成仏(さんせんそうもくしっかいじょうぶつ)」とか、「山の姿や渓(たに)の水音も仏の現れである」とかいう日本仏教の言葉は、この日本人の心の奥底にある自然崇拝の信仰を仏教的な形で表現したものである。

この豊かな自然への愛と崇拝を、現代の日本人は忘れつつあるようだが、それはぜひとも、すぐに、取り戻さなければなるまい。”(p256)

 

 

著者の山蔭基央氏は、1925年(大正14年)岡山県生まれ。18歳の時に肺結核がもとで臨死体験をしましたが、奇跡的に蘇生しました。数日後、幼い頃から存じ上げていた産土(うぶすな)神社の神職である老翁がたずねてきて、「私の生命と引き替えに助けてくださる」という夢の中の神様からのお告げを伝えました。祈りと気合いの声に包まれて、そののち急激に回復しましたが、翌年老翁は「身代わり」となって他界されました。

あの世をかいま見たこと、老修行者の「わが身に代えても」という祈りによって命を得たことで、信仰と修行の生活に歩みを進めていきました。小豆島巡礼を開始して3年目の昭和20年に、偶然に通りかかった巡礼の一行の失明者の3人の目を癒すという奇跡がおこり、神霊の偉大さ、神霊の実在におののく体験をし、神霊の存在を絶対に信じるようになりました。

 

 

“古神道はそれぞれの人の主体的な精神的修養ということを大事にする。祭や祈願だけの神社にはない「行法」を伝えている。教理や哲学でなく、自身の体験を通じて神霊の光に触れ、初めて「神道」がいかなるものかがわかるのが古神道である。

神道は日本人の精神の奥底にある生命であり、日本文化の基盤である。…(中略)改めて見直し、その豊かな智慧に触れてくださることを切に願うものである”と、まえがきにお書きになられているように、神道とはこの世界、自然を体験し、まっさらな自身を通して神霊の光に触れることなのかもしれません。

 

 

ところで、お正月、一年の始まり、新しい年を迎えるにあたり、年末から家族総出で大掃除をしたり、飾り付けをしたものでした。門松、注連飾り、鏡餅は、歳神様が降臨するための依代(よりしろ)です。井戸端には水の神様、台所やかまどには火の神様、御不浄(トイレ)の神様、そして各部屋に輪飾りをさげて感謝と無病息災を祈ります。

 

若水についての文章を紹介します。

“元日の朝、初めて汲む水を「若水」といいます。

邪気を払う神聖な水です。

年男や家長が元旦の未明に「若水迎え」といって井戸や川に行き、汲んできます。

昔々は天皇に奉る水を立春に汲んだとか。

若水は神様にお供えしたり、福茶やお雑煮、書き初め用に使います。”

(『忘れないで季節のしきたり日本の心』鮫島純子 小学館)

 

“若水というのは、毎年、霊を新しくし、若がえらせるという趣旨のものでした。そういう呪術的な意味は忘れられても、新しい手拭と柄杓、それに若水手拭を用意して、一家の主人が年男になって、川や泉に出かけて汲み初めをする。今年も一年間、水に不自由しないようにと、感謝と願いとをこめた行事です。

若水汲みには、人に先を越されぬように早く行くとか、途中で人に会っても無言でいるとか、帰りがおそくても呼びに行ってはならぬ、などの作法があります。(中略)若水を汲みに行ったとき、泉の水に米粒などを落とし、すっと沈むと豊作だとか、ゆらゆらしてから沈むと不作だとか、作物の占いをすることがあります。(中略)

井戸や泉や、日常の水汲み場には、水神様をまつります。「水神」と刻んだ石を建てているところもあり、ただ丸い小石を持ってきて、おいてあるだけのものも多いようです。あるいは何もなくて、しかし正月や水神祭りのとき、白紙を三角に折って竹にさして立て、その時かぎりのご神体にして、ちょっとした供えものを上げたりします。要は心がけ、感謝の気持ちだけを著しているのです。(いのぐち しょうじ)”

        (『暮らしの創造<5>春号』昭和53年4月 創芸出版社)

 

 

さて、一家そろって、清らかな若水で身も心も晴れ晴れと元旦の朝を寿いで過ごすという古来からのならわしは、なんとめでたく有難いことでしょうか。

 

明治生まれの母方の祖父は、元旦に「塩の宮」という祠へ、池に注ぐ湧き水から若水をすくい御膳をもってお供えし、人々の安泰を祈ったのだとききました。水道が普及して、宅地開発により池や沼は消え、川は暗渠の下になりました。現実の目先の世界しか見えなくなりがちですが、すがすがしい日本の風習、日本の心を忘れずに、次世代へと繋げていきたいものです。

(2017/01/08)

PMOKU20

 

【21冊目】Data

    神道の神秘

    古神道の思想と行法

    山蔭基央(やまかげもとひさ) 著

    2000年5月初版2010年11月新装版発行  春秋社

 

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