Water Library 020

・・水のほん“Water Library ”・・・

~・~・水にときめいて・~・~

 

クリスマスが近づいてきましたが、こんな一冊『伝記 ヘレン・ケラー 村岡花子が伝えるその姿』はいかがでしょうか。『赤毛のアン』の翻訳で著名な村岡花子さんが書いた本であり、子どももおとなも親しみやすく、心に灯がともるような勇気づけられるお話です。本書は1988年偕成社より刊行された『ヘレン・ケラー』(1960年初版の改訂版)に新たな解説をつけて文庫化されたものです。

 

ヘレン・ケラーは、1880年アメリカの西部アラバマ州の旧家で元気な産声をあげましたが、生後19か月(1歳7か月)のときにかかった大病のため、目が見えない、耳が聞こえない、口がきけないという三重苦を身に負ってしまいました。

 

ヘレンの母は辛抱強く広い愛でヘレンを育てますが、幼いヘレンはいたずらざかり、あばれまわります。ヘレンの妹が生まれ、ヘレンも大きくなって知恵がつくようになると、ますます不機嫌になったり、いらいらしたり乱暴になり、このままほうっておいたら、音も光もなく、正しいこと愛することも知らずに大きくなるのではと両親は心を痛めました。6歳になったヘレンは自分の気持ちがうまく伝えられずかんしゃくをおこしたりして、少女の家庭は暗いみじめなものになっていました。

 

ある日、父親のアーサーが眼科の名医のことをきき、ヘレンをつれて診察に行きましたが、今日の医学ではぜったいになおすことができないといわれてしまいました。しかし、グラハム・ベル博士を紹介され、ベル博士は有名なパーキンス学院の校長宛てに紹介状を書いてくださいましたので、アーサーはホテルからさっそく、ヘレンのことを詳しく書いた手紙にベル博士からの紹介状をそえて、ポストにいれました。それを受け取ったパーキンス学院のアナグノス校長は、最優等性のアニー・サリバンにいってみないかと相談します。

 

「あなたのほかにやれる人はいない。すべては忍耐と愛じゃ。愛をもってやってごらんなさい。愛のあるところ、神さまがきっと助けてくださる」と励まされ、アニーは家庭教師になる決心をしました。そのとき、アニーは20歳でした。

 

雪の降る中を汽車は走りました。南にすすむにつれて雪はやみ、春の色がこくなってきました。駅に着くと少年(長男)が出迎えて、母と3人で馬車で田舎道を走り、ケラー家の門につきました。あたたかい家庭で大事に育てられたヘレンは、暗い影はみえませんでした。

ヘレンの両親は、あの子の暮らしにはきまりというものがないのです、わがままではいけないことをどうしたら教えられるかと、挨拶でうったえました。サリバン先生は「一生けんめいにやってみます。わたくし、きっとヘレンを教えることができると思います。とても、かしこいお子さんですもの……。」と答え、その日から、二人のかたい結びつきがはじまりました。

 

さっそく翌日、サリバン先生はお友達からもらった人形をかばんの中から取り出し、ヘレンの手にわたしました。そして、手のひらに「D…O…L…L…(人形)」と一字一字はっきり書いてみせ、かかえている人形をゆすってみせました。何度も何度も人形と手のひらに書き、ヘレンは理解し、ものをひとつおぼえて、うれしくなります。次はコップとつづり、その次は帽子と、次々と覚えていきます。

 

サリバン先生のじょうずな指導で、ヘレンは驚くほどいろいろ覚えていきますが、日常のふるまい、食事の時などはあいかわらず手づかみで食べたり、となりの人のお皿に手をのばします。サリバン先生は甘やかさず、いけないことはいけないと厳しくしつけを教えます。ヘレンは抵抗して泣きわめきますが、わがままはしてはいけないのだと少しずつわかるようになっていきます。

 

そんな毎日が続いたある日、サリバン先生はヘレンがいくら教えても、コップとその中に入っている水との区別がつかないので、首をひねっていました。ヘレンは、その日もきげんがわるくて、むっつりと部屋のすみに立っていました。そこで、サリバン先生はヘレンに帽子をかぶせて、散歩につれだしました。手をとりあい、庭の道を歩いていくと、花の甘いにおい、木の葉のすがすがしいかおり、さわやかな風がふいて、ヘレンはたのしそうです。

 

二人は女の人が水をくんでいる最中の井戸小屋まできて、先生はヘレンの手をいきおいよく流れているつめたい水のほうにさしだし、ヘレンの別の手にいくども、水、水とつづってみせました。はじめはゆっくり、しだいにはやく、何度も何度もくりかえして書きました。ヘレンがにっこりしました。

 

自分でもゆっくり「水」と書き、ながれに手をさしだします。

 

 “水というものがある。

  こう知ったヘレンは、

  ぱっと目の前が明るくひらけたようでした。

  ヘレンのあたらしい世界がひらけたのです。”(p82)

 

私は中学生の時、ヘレン・ケラーと家庭教師のアニー・サリバン先生を描いた映画『奇跡の人』(日本では1963年公開)を校外授業で見ました。ヘレンが「Water!!」と、うれしそうに顔を輝かせた映画のなかのこの一場面が目に焼き付いてとても印象に残っていて、今も忘れることができません。

 

ヘレン・ケラーの生涯の間には二度の世界大戦があり、ヘレンは戦争反対をうったえましたが、世の中は戦争へと突入していきました。戦後は戦争で失明した兵士が増えて、彼らのためにさらに働き、盲人たちのために、人類のためにはたらいて世界中をかけまわりました。信仰と、慈愛深い彼女の両親、そして、サリバン先生、グラハム・ベル博士、ブルックス牧師、ミス・トムスン、マーク・トウェイン、カーネギー、ロックフェラーらの大きな助けによって、ヘレンは仕事を続けることができました。

 

そして、サリバン先生の愛、献身的な教育、ヘレンが成人してからもいつも傍らでヘレンの目と耳になって仕事をともにし、ヘレンのために一生を尽くした働きぶりも、偉大でした。「奇跡の人」とは、アニー・サリバンのことで、ヘレン・ケラーは三重苦を乗り越え、名門ハーバード大学入学を果たし、卒業後は執筆や講演活動をするなど並々ならぬ努力、盲人たちへの奉仕活動を行い聖女と称されましたが、ヘレン・ケラーと同じくらいサリバン先生の業績にも讃えられるべきものがありました。

アニー・サリバンの生い立ちは決して幸せなものではありませんでした。パーキンス学院の卒業演説で「すすんでこの世の重荷を負い、隣人を幸福にするために努力したい」といった言葉のとおりの人生を歩みました。

 

ヘレン・ケラーは日本に3回来日しています。本書の著者村岡花子さんは、実際にヘレン・ケラーに会い、通訳として傍らで心の声をきき、明るく崇高なお人柄にふれたとのことです。そして、ヘレン・ケラーと同じ1968年に村岡さんも天に召されました。ヘレン・ケラーは、全身を眼のようにして世界をとらえていたということです。そして、詩編23編を愛誦していたそうです。これを本書の紹介の最後にささげたいと思います。

 

23

主は羊飼い、わたしには何も欠けることがない。

主はわたしを青草の原に休ませ

憩いの水のほとりに伴い

魂を生き返らせてくださる。

 

主は御名にふさわしく

  わたしを正しい道に導かれる。

死の陰の谷を行くときも

  わたしは災いを恐れない。

あなたがわたしと共にいてくださる。

あなたの鞭、あなたの杖

それがわたしを力づける。

 

わたしを苦しめる者を前にしても

あなたはわたしに食卓を整えてくださる。

わたしの頭に香油を注ぎ

わたしの杯(さかずき)を溢れさせてくださる。

 

命のある限り

恵みと慈しみはいつもわたしを追う。

主の家にわたしは帰り

生涯、そこにとどまるであろう。

 

聖書 新共同訳  (日本聖書協会発行)

(2016/12/08)

 

PMOKU29


【20冊目】Data

       伝記 ヘレン・ケラー

      村岡花子が伝えるその姿

      村岡(むらおか)花子(はなこ) 著

       2014年9月

       偕成社文庫3279

 

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