Water Library 011

・・・水のほん“Water Library ”・・・

~・~・水にときめいて・~・~

 

 

前回、宮澤賢治について書いてみました。今回は、脱原発を唱えた物理学者、高木仁三郎さんの「宮澤賢治をめぐる冒険」をご紹介いたします。

 

高木さんは、1938年生まれ、群馬県前橋市出身です。

この本が出版された1995年当時は56歳でした。その年に『核施設と非常事態―地震対策の検証を中心に―』を日本物理学会誌に発表しました。地震と共に津波による原子力災害を予見し、大事故に発展するとして早急に対策が必要と表明し、また老朽化原発である福島第一原発の廃炉に向けて議論が必要な時期にきていると指摘しました。高木さんの想定は2011年3月、現実のものとなってしまいました。

そんな科学者である高木さんは、「多少違った切り口から宮澤賢治を考えてみたい」「どうしてもこんな形で一冊の本を残しておきたいと思っていた」(あとがき)と本書を上梓し、3部に分けて賢治論を展開しています。

第一話は「賢治をめぐる水の世界」、第二話では「科学者としての賢治」、第三話「「雨ニモマケズ」と私」とありますが、まず第一話から引用してみましょう。

  • 第一話

<賢治と水>

本書冒頭で高木さんは、クジラの鳴き声の話から小笠原に行ってザトウクジラのウォッチングをした話に及んで気持ちが洗われたことや、海の中にゆったりと大きな生き物が泳いでいるイメージが宮澤賢治の世界につながっていることなどから書き始めています。

なぜ、賢治のことを語る必要があるのか、ただ宮澤賢治という、あるすばらしい世界を作りあげた人がいて、その世界の入口に、水という世界にみなさんと入ってみたい、そこから何が見えてくるのか、宮澤賢治の水の世界はどんなイメージを与えてくれるのか。

高木さんは言葉を続けて、彼(宮澤賢治)の生きかたそのものが作品になっていて、彼の世界とは「水であり、光であり、風であり、自然が彼そのもの」、彼自身の全体であり、透明感のある世界だということを高木さんは発見し、賢治の詩の中の一節をあげています。高木さんが心から賢治に傾倒している様子が伝わってきます。

じつにわたくしは水や風やそれらの核の一部分で

それをわたくしが感ずることに水や光や風ぜんたいがわたくしなのだ

                   …宮澤賢治「種山と種山ケ原」から

<生命の水>

次に高木さんは、環境汚染について警鐘をならしています。

地下水の汚染について、地下水脈には表層地下水と深層地下水があり、深層の地下水、深い層の地下水はある科学者によると、日本列島を貫くようにつながっていると考えられていて、ヨーロッパ、アメリカともいくつかの大きな水脈でつながっていて、そしてそれが基本的に地球を支えている、その深層地下水汚染が始まっているのだそうです。これが汚染してしまったら、オゾン層の問題や大気汚染以上に地球は危機的になるんではないかと危惧しています。

これを拝読して、先日、福島第一原発の凍土壁の失敗の報告が出ましたが、放射性廃棄物の処理が確立しておらず汚染水は垂れ流しのままです。汚染水は地下水や海水を通じて、全世界の水のなかに運ばれていきます。将来を考えたらどんな影響が出るか想像もつきませんが、解決策はあるのでしょうか。

<「やまなし」の水イメージ>

この章のテーマである賢治の詩「やまなし」は、私も好きな詩のひとつです。

『クラムボンはわらったよ。クラムボンはかぷかぷわらったよ。』と表現するこの詩を読んで、カニがハサミを掲げて笑いあう様子に、自分のお腹のあたりもみょうにくすぐったく感じた経験をした人もおられると思います。

賢治の世界は生き物のすべての流れをみつめていて、生き物の命の流れ、イコール、ここでは水の流れで、流れに身を任せていればいいんだ、そういう世界を書いていると高木さんは教えてくれます。

ここでは大きないわば救いがあって、全体としてみるとすごく美しい青いゆらゆらとした焔が燃え上がるような水の世界が美しく描かれていると、高木さんは説明されますが、これを拝読して、私は宇宙に浮かぶ水の惑星青い地球の姿が映像として浮かんでまいりました。

宇宙全体から見れば、地球の地面にいる私たちは、大きな救いのひとつの輪のなかにいて、クラムボンのように水の底から青い天井を見上げて、笑ったり、驚いたり、木から落ちてきたやまなしの実の甘い香りに幸せな気持ちになったりしているのです。

  • 第二話

東京大学理学部で核化学を勉強し、原子力企業の研究室に所属し原子力開発に加わるという科学者としての人生をスタートさせ現場にかかわっているうちにいろいろと疑問をもつようになったことについての告白も交えて化学者、鉱物学者、地質学者、物理学や天文学にも造詣が深い宮澤賢治と高木さん自身の仕事について触れています。

大きなシステムの一つのコマになると、自分の中の人間が殺される分だけ、科学そのものも人間から離れていく。そういうことにだんだん耐えられなくなり、高木さんは企業から大学の研究室に戻りましたが、その教育現場もしまいには耐えられなくなり大学から退きました。

そして、ふとしたきっかけから、賢治の言葉に出会いました。

「われわれはどんな方法でわれわれに必要な科学を

われわれのものにできるか」

これに衝撃を受け身震いする感覚があり、科学のやり方について考え直し始めたそうです。科学の発展は自然界の中で“よりよく共に生きる”ということと、逆の側面が生まれてきたことを彼は指摘しています。

実験室では強い放射能を扱い結構な量の被ばく線量になるのですが、生命に発するような感覚がなくなって無機質な世界でやっていて、そういう世界でやっていると、学問そのものが、人間の生命への影響とか恐さだとかではなくて、理論的にいえばこうなるはずだ、という回路の中でことが発展してしまう。肯定的な面ばかり見て、否定的な面は軽視または無視してしまう。人間的なものはすべて抹殺され無機的になってしまうことに気づき、高木さんは人間にとって本当に必要な科学が出会えないことに失望し実験室を離れて、「ともに生きるための科学」を納得のいく生命の立場から原子力問題を考える原子力資料情報室を立ち上げました。1975年のことでした。

  • 第三話

高木さんは賢治の詩「雨ニモマケズ」をご自分の決意表明と照らし合わせて取り上げました。

けれど2000年、大変惜しまれることにまだまだこれからという62歳のときに、高木さんは大腸癌でこの世を去ってしまわれました。ご遺志によって高木仁三郎市民科学基金が設立され、現在はNPO法人として引き継がれているそうです。高木さんの予言どおりに東日本大震災原発事故が起きてひどい状況を目の当たりにしました。それなのに、5年半のたった今、原発再稼働の動きがあり、政府や電力会社は見る目聞く耳を持っていないのか不思議に思います。

今年の8月2日、小泉元首相は東日本大震災の救援活動にあたった米海軍による「トモダチ作戦」で被ばくした元兵士たちを救済するため、「トモダチ作戦被害者支援基金」を設立しました。

総理大臣のとき原発を必要と思って推進した側でしたが、原発事故の発生から勉強して、経済産業省や電力会社の説明が全部ウソとわかった、間違ったことを信じてきたことを後悔していると述べ、原発は必要ないと言い、原発の危険性や、福島の被害を繰り返してはならないと訴えています。

大地震のあと原発事故が起きて、被災地の救援にかけつけ福島沖に停泊中だった空母ロナルド・レーガンに放射能の煙が風にのって流れ、防護服もつけずに救出活動にあたっていた兵士たちが被ばくしました。また、海も汚染されていたのに、海水を真水にしてシャワーや食事に使い内部被ばくとなりました。

米海軍元兵士は任務にあたったのち、半年、1年後から鼻血が止まらず、体のあちこちの痛み腫瘍ができていたりして、頑健だった兵士が体調不良に苦しむようになり、健康の悪化から除隊を余儀なくされ収入もほとんどなく、医療保険にも入れない状況だそうです。軍へ入隊する時、どんな被害を受けても米政府を訴えない誓約書を書かされていて、医者や軍も因果関係は認められないとし、やむなく東電やGEを提訴しましたが、原告400人のうち、すでに7人が亡くなってしまわれたそうです。

日本中がこれらの事実を知るべきではないでしょうか。高木さんはこの事態をどうご覧になっていらっしゃることでしょうか、心が痛みます。

(2016/8/23)

 

PSHIZ11

 

参考:東洋経済オンライン

【11冊目】Data

  宮澤賢治をめぐる冒険

   水や光や風のエコロジー

   著者 高木(たかぎ)仁三郎(じんざぶろう)

  1995年4月 社会思想社

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