Water Library 010

・・・水のほん“Water Library ”・・・

~・~・水にときめいて・~・~

 

『宮沢賢治と聖域幻想』の著者金子民雄氏は1936年東京生まれ。本書の初版は1988年1月に白水社から出版されました。文庫化するにあたり、全面的に増補・改訂されたそうです。文庫本ながら418ページという本であります。

 

宮沢賢治(明治29年(1896年)~昭和8年(1933年)、岩手県の花巻町生まれ)といえば、「雨にもマケズ」の詩が有名ですが、みなさんご存知のように、童話や詩など数多くの作品は今も多くの読者に愛されています。37歳という早すぎる生涯でしたが、亡くなってから高い評価を受け、賢治の作品に関連した著作は数えきれないほど出版され続けています。

そんななかで、金子氏は、「宮沢賢治が、中国の辺境にある西域に、きわめて強い関心を抱いていた」(p13 プロローグ)ことに着目し、本書で「詩や小品、あるいは童話のなかで、なぜ西域が扱われたか」について言及しています。

 

宮沢賢治について調べると、14歳で初めて岩手山に登り、以降度々一人で登山するようになったといわれています。

17歳の時、仏書を読み、参禅し、18歳の時に「漢和対照妙法蓮華経」に出会い法華経に傾倒し、短歌を詠んだりしました。岩手盛岡高等農林学校を首席で卒業したあと研究科に残り地質学も学びました。音楽にも造詣が深く、賢治が作詞作曲した「星めぐりの歌」など、すてきな作品もあります。

多感な青年時代のこの頃、社会情勢はチベットが独立宣言、東北地方大凶作(17歳の時)、第1次世界大戦勃発、桜島大噴火(18歳の時)などの事態が起きていて、少なからず彼の人格形成に影響を及ぼしていたと考えられます。

その後、出版社に勤務したり、農学校で教鞭をとったりしていますが、実際に西域を訪れることはありませんでした。

それなのに、いったいなぜ、創作意欲にかられ、あのようにありありとした描写をすることができたのでしょうか。創作の源泉やモチーフとなったものがあったのでしょうか。

 

金子氏は賢治が西域やチベットへの憧れを培った、彼の生まれ故郷を訪ねることは、彼の作品を理解するにはやはり最低限必要であり、きわめて大切なことであると思われると書いています(p135)。

花巻周辺の北上川、北上山地、早池峰山、小岩井農場などを散策し、光や空気を感じ、心象風景としてやきつけていたことでしょう。また、「アラビアン・ナイト」や「西遊記」をすり切れるまで愛読したそうで、賢治の若いころのこの時代、西域の旅行記が出版されていて、おそらく賢治はそれも読んでいて、イマジネーションをふくらませたことと想像されます。

賢治の作品には、あまりにも美しい空想の世界が表現されていて、彼の感性の鋭さ、森羅万象を見抜く観察力は圧倒的なものがあります。

 

さて、金子氏が紹介する賢治の作品のなかに、“水”という言葉が記述されているものがいくつかありますが、その中から 一節を選んでみます。(p150)

(前略)

白くひかってゐるものは

阿耨達、四海に注ぐ四つの河の源の水

  ……水ではないぞ 曹達か何かの結晶だぞ

    悦んでゐて欺されたとき悔むなよ……

まっ白な石英の砂

音なく湛えるほんたうの水

もうわたくしは阿耨達池の白い渚に立ってゐる

 

この詩には「阿耨達池幻想曲」という題がつけられていますが、生前は陽の目を見なかった詩集だそうです。

阿耨達池(あのくだっち)とは、ヒマラヤ山脈の北側のマナサロワール湖のことで、カイラス山は須弥(しゅみ)山といわれ、その周囲を取り囲む海のことを四海と呼びます。

「四つの河の源の水」とは、湖水の周囲から水源を発した四つの河川(一般に、インダス、サトレジ、ガンジス、ブラーマプトラ川)で、これらの川はインドへと流れ、インド数億の民に恵みをもたらしています。

 

金子氏は、「では、賢治にとって、このチベットの聖域とはなんだったのであろう」と疑問を投げかけて、「多分、それを仏教やヒンズー教の聖域を越えて、単なる詩的感興以上のもの、民と土地を潤すあらゆる生命の源としてとらえていたのであろう」と答えを見出しています。

「農業技師としての賢治は、絶え間なしに襲いくる日照りや、水不足、冷害の苦しさをだれよりも肌で感じとっていた。彼の憧憬と願いがこの詩の中にこめられていたのであろう」と書いて、この章の終わりを締めくくっています。

 

本書ではこのほかにも、壁画の童子、ガンダーラ、トルコ石、ラピス・ラズリなどの宝石、百合などの花の話、象の話や千一夜物語などをテーマに、賢治がどのように作品を作り上げていったかを探っています。また金子氏自身によるイラストも交えながら説明してくれて、賢治の作品と同様、読者をたのしませてくれます。

 

余談ですが、昨年秋にNPO法人地域水道支援センター「緩速ろ過・生物浄化法セミナー」が盛岡市で開催され、念願の地を訪れることができました。ちょうど、鮭が遡上するシーズンで、北上川の河口(宮城県石巻市)からはるか200キロを産卵のためにはるばる上ってくるという話を伺いました。遠く太平洋を泳いで何千キロを回遊し、陸地の奥深くまで、誰に教えられたわけでもなく故郷を目指して帰ってきて、産卵すると最後は力尽きて一生を終えるのだそうです。種を残す生存本能とはいえ、鮭の持つけなげさ、ひたむきさ、泳ぎきるエネルギーに感銘を受けました。

盛岡の井戸水は、まろやかでほんのり甘い味がしました。まちの人々も、明るく、心優しい方ばかりでした。

(2016/7/25)

PSHIZ03

 

参考図書:まんが岩手人物シリーズ3 宮沢賢治

     原作 泉 秀樹、作画 山田えいし、監修 板谷英紀 岩手日報社

 

【10冊目】Data

 宮沢賢治と西域幻想

 著者 金子民雄(中公文庫)

 1994年7月 中央公論社

 

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