Water Library 008

・・・水のほん“Water Library ”・・・

~・~・水にときめいて・~・~

 

チベット体操について先日一言触れましたが、「若返る」というキャッチコピーにつれられてチベットに関してもう少し深く知りたくなり本書を手にしました。“心のもち方”について主に書かれてありますが、キーワードとして、ところどころに「水」と出てきましたので、今回ご紹介させていただきます。

 

その前に、ご承知のように、現在のチベットは50年を超える中国の同化政策のなかで、宗教弾圧、文化、自然破壊、チベット語や文字の制限を受け、13万人のチベット人が亡命し、多くの人命が失われています。深刻な問題はいまも続き、昨年暮れには、抵抗した市民が焼身自殺しました。2009年以降148人のチベット人が抗議して焼身自殺し124人が死亡したそうで、いまなお悲惨な実態があります。

世界の屋根とたたえられるチベットに、なぜこれほどの問題が起きているのでしょうか。

チベットは考古学的発見によると6千年以上の文明をもち、すばらしい文化を築いてきました。2千年を超えるチベット仏教を基本とした人類の英知、伝統があったことがわかっています。多くの他民族を擁する中国政府にとって、チベットの高い精神性、文化や歴史は脅威に映るのかもしれません。ダライ・ラマ法王日本代表部事務所のウェブページには中国政府の対応を「キツネがニワトリ小屋の番をするようなもの」と書いています。つい先日の6月半ばに行われたアメリカのオバマ大統領がダライ・ラマ14世と会談したことに対しては、中国外務省は内政干渉だと批判したというニュースもありました。

 

さて、著者トゥルク・トンドゥップは、1939年チベット生まれ。4歳でチベット仏教ニンマ派の偉大な僧の転生化身として認定されました。この本の序文で、子どもの頃に僧院で“仏教の「我執」と呼ぶ態度をゆるめていくことの大切さを教えられた”と回想しています。

“じぶん自身であれ、ほかの生きものや物であれ、確固とした永遠の実体があると見なすのは、まちがいだ。そういう実体としての自己に執着する態度が、我執である。”(p13)

 

世の中すべて確固とした実体がないということは、まさしく水のあり方に似ていると拝読しながら思わされましたが、この世や人生は幻だと認識することで、どれだけ、心がおちつき安らぎを取り戻し、ストレスから解放されることでしょうか。

 

著者は、1959年チベットに起きた動乱により、インドへと仲間と徒歩で逃亡、親のように慕っていた僧が途中で亡くなったりして、苦しく暗い日々が続きました。この困難のさなかにも幼い僧院時代のイメージや賢明で慈悲深かった師の言葉や体験の光が、人生の苦痛や混乱や弱さの中で彼を導き、癒すエネルギーであり続けてくれたそうです。アメリカにわたり、友人たちに困難に直面した時の助言を求められたことから、治癒に関する仏教の見解と修行を本にしてまとめようと思い立ちました。

 

本書は3つの部分から構成され、第1部は日常生活と瞑想についての全般的な見取図、第2部は精神的、感情的、社会的、霊的な問題を癒すための実践方法、第3部は、わたしたちすべてがもっている仏性、すなわちブッダとしての素晴らしい特性を目覚めさせ、菩提(ぼだい)心(しん)のもつ自他を癒す無限の力を開いていくための瞑想について説明しています。

 

では、この本に書かれている「水」について、拾い出してみましょう。

 

“問題にまつわる感情を冷ます必要があるときには、心を癒し、浄化する水の力をイメージすればいい。”(p151)

 

“肉体的な病を癒す水”の項には、より具体的にイメージの実践方法について書いてあります(p204)。水を甘露の流れのような薬の流れだと想像し、全身の痛みがやわらぎ、浄化され、細胞間の流れと調和を復活させ、汚れや毒が洗い流される。身体は清らかな透明な瓶のように純粋になる。このイメージを何回も繰り返し実践しなさいと勧めています。

 

仏教では自然のエレメント(地水火風空)から物理的世界が成り立っているといわれますが、P218では、そのエレメントとしての水の特性について記述され、水の恩恵をたのしむことの大切さについて説いています。

たとえば、川や海で、波の音や光景に美を感じ、水を飲むとき、入浴するとき、雨が降っているときなど、日常のいたるところで、水の特性に触れることができますが、その清らかさを味わい、エネルギーを感じ取り、じぶんの中に成長をもたらしてくれると受け止めなさいと言っています。また、生命を養い、ものごとを一つにまとめる水の本来の特性を瞑想することは、人生での計画を完成させる助けになるだろうとも記しています。

 

水は、心に平和な感情をもたらしてくれます。水の特性のページには、次のような言葉もあります。

静かな湖や、流れる水のそばに静かに座り、たたずむことにより、心が静けさと透明さの中におだやかに落ち着き、清らかな水は尊敬の念を広げてくれる。“そういうインスピレーションを与えてくれるような水がない場合には、心に平和な感情をもたらす場所に座っているとイメージしなさい。”(p218)

すなわち、どこにいても、水をイメージすることで心を安らかにすることができるのです。

 

著者はさらに、身体を構成する一つ一つの細胞も意識してエネルギーを感じるといいと言い、興味深いことに以下のような文章も書いています。

“じぶんの身体の中に生きている無数の生きもの――バクテリアとして生きているものたち――に対する慈悲の心をもって食べ物を食べ、それによって他のそういう生きものを養っているのだと理解しなさい。”(p230)

 

私たちは、自らの意思から自由自在に動いていると思いがちですが、よくよく考えれば身体に潜む無数のバクテリアたちによって、身体が均衡を保ち維持されていて、健康的に日常生活を営むことができているわけです。そうした微細な視点から生き方を思考することは、今後もたいへん参考になると思われます。

 

以上のように、本書は著者が序文で述べていますように、“人々のより幸せに、健康になるための方法を学ぶのを助けることを、私は望んでいる”(p22)、つまり、我の執着を少しゆるめることによって、幸福に、また健康になることを目的としています。この言葉に対して、本書を最後まで読みすすむと、まず自分を大切にして体を気遣い、同じようにして他者を慈しみ、すべての生きとし生けるものが幸せになることを願うというようなことも書かれていて、最初に述べられた言葉の一方で、著者の究極の願いはこちらにあるのだろうと推測されます。

 

“慈悲は、友と敵、あなたとわたし、善と悪を隔てる壁を溶かしてしまう。そこから、喜びと平和の空間が生まれる。”(p275)

 

家族、友人、共同体、周囲の人やものすべて、一体となって調和することを願う、利他のために修行する菩提心をはぐくみ、すべてがもともとブッダであったと自覚して生きることが、これから更に重要になってくるのではないでしょうか(…仏教には、健康な身体の中にある普通のバクテリアを喜びほめたたえる瞑想もあるそうです)。訳者も、みずからを癒すことは、地球を癒し、宇宙を癒すことだとあとがきで締めくくっています。

 

多様な声が共鳴しあう、調和して歌う世界。

力の源泉の慈悲の心、至福に満ちた本質。

この真理を知って、他者によくすること、相手に慈悲の目を向けることが、私たちがこの世に生を受けて生まれてきた目的なのだと本書は示してくれています。

(2016/6/22)

 

PSHIZ24

 

【8冊目】Data

心(こころ)の治癒力(ちゆりょく)

      ――チベット仏教の叡智

    著者 トゥルク・トンドゥップ

  訳者 永沢(ながさわ) 哲(てつ)

   2000年7月 地湧社

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