Water Library 007

・・・水のほん“Water Library ”・・・

~・~・水にときめいて・~・~

 

 

著者の山口昌伴氏(1937-2013)は大阪市に生まれ幼少期を京都で過ごし、小中学生の頃は東京の山の手に引っ越してきたそうで、その頃東京山の手でも、まだ井戸ポンプが多く活用されていた時代だったそうです。

 

この本には、そんななつかしい井戸や水回りの光景と、最近は見かけなくなってしまった水づかいの道具が、暮らしの中であまり耳にしなくなってきたような言葉、失われつつある水や生活に関する単語とともにちりばめられています。

 

山口氏は大学の建築学科を卒業し、建築設計の仕事に携わったのち、真剣に「住まい」とは何なのかと考えたことがきっかけで、道具から住まいをアプローチして、晩年はGKデザイン機構・道具学会の理事、会長をつとめ、日本のみならず世界各地に赴き、道具と人間・風土との結びつきを調査研究されました。

 

この本を読むと水の周辺にもこんなに道具があったのだと再確認させられます。本の「はじめに」で、“壮大な水系の途中に位置する暮らしの中の水際(ウォーターフロント)での水の使いぶりが、水の惑星の健康の重要な鍵となっている。だからこそ、日々日常の、暮らしの中での水づかいのありようを、身近な道具たちをつうじて見なおしていきたい。魚心あれば水心…(中略)…水の道具のすがたをたしかめ、水づかいのかたちを突き止めていく作業が必要なのだと思っている”と述べています。もし、山口氏のこうした掘り起し作業、道具を慈しむ心がなかったら、これらのめだたない道具たちや水の周辺の文化は、未来に引き継がれることなく埋もれてしまったことでしょう。

 

さて、水は生活に不可欠ですが水に関する多種多様な道具が私たちの暮らしを支えてきました。かつて水と共にあったそれらの道具が由来を知られることもなく、身の回りから少しずつ姿を消しつつあるというのは、時代の流れに抵抗できないとはいえ惜しまれますが、あらためて先人たちは水の楽しみ方が上手だったと、これらの道具をとおして気付かされます。

 如露、水琴窟、ガラスの金魚鉢、花入、書道に用いる水滴・・・

雨の日には和傘をさし、農村部では蓑やケラという雨具も用いられました。爪(つま)革(がわ)というカバーは、ぬかるんだ道を歩くのに下駄だけでは白い足袋の足元が汚れるのでということで利用されました。そういえば、母や祖母が使っていたのを見た記憶があります。最近は和装の女性が少ないですが、爪革は今でも需要があるそうです。

 

また、水道の普及により井戸がめっきり減りましたが、もちろんこの本には井戸についての記述も詳しく書かれていて、昔あった実家の井戸を彷彿とさせてくれました。

実家のその井戸は、直径1メートルほどの円形の水槽2段式で、上の層は常にきれいに保ち飲用に使い、下の層でスイカやキュウリ、ビール瓶などを冷やし、そこから出た水で野菜や米、鍋や茶碗、洗濯などの洗いものをしていました。水神様をまつり、大人たちは毎朝手を合わせて拝んでいました。この井戸水は、下の川へとつながっていて、水路の水辺にはユキノシタやセリが生え、沢蟹やときにはカメもやってきました。ヤマカガシやアオダイショウが現れることも度々あり、腰をぬかして大騒ぎしたものです。しんしんとする冬の夜には、2キロほど離れたところの、井戸水の流れていく先にある相模湾の海岸に打ち寄せる波の音が川を伝わって響いてきたこと、祖母の傍らで布団にくるまり、あの音はなんの音?と尋ねたことを思い出します。

私事の話が続いてしまって恐縮ですが、太平洋戦争中に21歳で特攻隊で戦死した伯父は、子どものとき毎朝この井戸水をコップに汲み一気に飲み干して、今日も水がうまい!と幸せな笑顔を浮かべたのだそうです。若き日の伯父を知る80代のお坊さんから、戦後おたくに伺ったときにあなたのおばあさんから聞きましたよと、昨年そんな昔の話を教えてくださいました。薬の臭いなどしない、水のおいしかったかつての日本では、どこの家庭でも、朝の貴重な一杯の水に同じような光景があったのだろうと想像します。

家の斜め向かいには、町役場と消防の物見櫓があり、白い洋館の役場の前に四角い水槽に手押しポンプのついた井戸があり、近所のおばさんたちが野菜を洗ったり、役場に来た人が一服したりする憩いや井戸端会議の場になっていました。前の道を下って階段をのぼると白髭神社があり、その前を流れる川の橋のたもとには水車小屋があって、水車のまわる音、粉を引く音、規則正しい機械の音を聞きながら、水車の羽根が水しぶきをあげるのを子どもながらに見入ってみていたものです。そのまた、下の道の先の河原には、砂利の地面から湧き水が出ていて、数カ所から砂をふきあげて水が流れていくのを仲良しの友達数人で見に行って、時間が経つのも忘れて覗き込んだりしたこともありました。

 

井戸に戻りますが、山口氏は、防災用井戸としても井戸を見なおして活用したほうがいいと提案しています。都市の緑を増やし、道路も透水性のある舗装材に替えるなどの措置が前提です。山口氏は久々に内井戸に見参して、“水の自給ってスゴイことなのだという思いを深くして、大都市の給水体制にまで思いが及んだ”(p121)と書いています。今年は利根川上流のダムの貯水率が下がっていて水不足が心配されますが、井戸水は天候にあまり影響されないので、井戸を含めた多様な水源を確保することが大事です。

 

ところで、「金盥」の章では意外なことを知りました。

今どきの日本人は顔を洗う時に、水を水道の蛇口から流したまま洗いますが、水道のなかった時代は盥に溜めた水で顔を洗っていました。洗面台に盥が設置された現在は、ボールになった底の栓をして水を溜めてから顔を洗う人はあまりいないと思いますが、欧米人は当然のごとく栓をして使っていると書いてありました。そして、水回りをぴかぴかに磨き上げるという欧米の習慣についても書いていますが、イタリアにホームステイで留学した私の友人からも同様のことを以前聞いたことがあります。水の使い方にもお国柄があるのだと参考になります。

 

もう一つの興味深い話題は、電気洗濯機が普及する前の昭和30年代初頭、「手廻し洗濯器カモメ号」という洗濯装置があり、外国にも輸出していたそうです。この話も目からウロコでした。

少量の洗剤をとかした80度の熱湯を入れ、高圧化された球体内で電力を使わずに洗濯します。デザインは丸い宇宙衛星のような形で持ち運びでき、なんてエコで優れものなのだろうと驚きです。海外ではけっこう人気があったそうですが、国内では電気自動洗濯機の台頭によりすたれてしまって、今はほとんど製造されていません。

 

山口氏は雑巾、手水鉢、束子などの水の道具は、水の道(みち:①水の通る道、水路 ②水づかいの方法として守るべき道、作法 という二重の意味)をたしなむ心があったとみています。

“やってくる水と去りゆく水との狭間(はざま)での水づかい。その水づかいの道具の今むかしを見つめなおしてみると、水を楽しみ、水を活かし、水を味わい、水を惜しむきめこまやかな心配りが薄れてきているように見える。水の道具たちからうけとったささやかな感動を重ねあわせていくほどに”…(後略)と書いていらして、この本を上梓した山口氏の感性に感服いたします。

 

先ごろ、都議会やマスコミは都知事の追及に連日夢中になっていて、先に解決すべき問題があるはずだろうに、今回のこうしたあり方はいかがなものかと嘆かわしく感じておりました。けれど、この本を読んで、かつての人々の水への思い、水をたのしむ生活のうるおいや余裕を感じ取ることができ、また、道具にこめられた精神性や叡智に触れ、道具から社会を見なおして変革する可能性をもあるという、さまざまな発見があり思いがけなくすがすがしい気分にさせていただきました。道具を大切に、そして生活を大切にするという道具学の発展や研究に寄与された山口氏に感謝です。

(2016/6/22)

 

PKIB21

 

【7冊目】Data

水の道具誌

 著者 山口(やまぐち) 昌(まさ)伴(とも)

2006年8月 岩波新書

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