015.すみよしさんしん

海に関わる神さま

   底筒男命(そこつつのおのみこと) 別名:底筒之男命

   中筒男命(なかつつのおのみこと) 別名:中筒之男命

   上筒男命(うわつつのおのみこと) 別名:上筒之男命

 


 

 

  底津綿津見神(そこつわたつみのかみ)さま、中津綿津見神(なかつわたつみのかみ)さま、上津綿津見神(うわつわたつみのかみ)さまである「綿津見三神(わたつみさんしん)」と同じくしてお生まれになった3柱の神さまがいらっしゃいます。底筒男命(そこつつのおのみこと)さま・中筒男命(なかつつのおのみこと)さま・上筒男命(うわつつのおのみこと)さまです。

 

名義として「底(そこ)」=「海底」、「中(なか)」=「海中」、「上(うわ)・表」=「海面・海原」を表しています。これらのことから、それぞれ3つの深さによって分けられた海の領域を司る神さまであることがわかります。

 

  「筒(つつ)」の解釈には以下のように諸説あります。

 1.「星(つつ)」の意味ととらえる。

   「つつ」は夕月(ゆうげつ)の「つつ」に通じ、

    宵の明星・明けの明星である金星や夕方の月などのことで、星のことを指すと言われています。星は航海の針路を決定するものであることから海神であるとも言われています。筒男命様は3柱であることから、冬の星座であるオリオン座の三ツ星を示しているとも言われます。ただし、古代では星は「つづ」と呼ばれており、また古代の航海は潮流と風向きと磯づたいによって行われたので、この説ではないのではないかという考えもあります。

  2.「底つ津の男」、「中つ津の男」、「上つ津の男」ととらえる。

    つ(連体助詞)津(つ)を「筒」の借訓で表記するのはどうかと思われます。

  3.「槌(つち)」状の棒で、櫓(ろ)・檝(かじ)・櫂(かい)の種類ととらえる。

    刀剣の武器を「筒(つつ)」(椎(つち)・槌(つち))と言う例はあるのですが、船を漕ぐ道具をこのように言ったかが不明です。

  4.船(ふな)玉(だま)の神 = 船(ふな)魂(だま)の神ととらえる

    「筒(つつ)」の意味の中に、和船の帆柱を立てるための受ける材として、船体の腰部に設ける太い柱=筒柱(つつばしら)というものがあります。その柱の下部の穴に船玉を納めるから、これを「船(ふな)玉(だま)の神」=「船(ふな)魂(だま)の神」と考えられます。

  5.対馬(つしま)にある地名「豆酘(つつ)」に由来するととらえる。

  6.ツチノコの「ツツ」(蛇、特にウミヘビ)をさすととらえる。

 

 この中で無理のない説は4番目ではないかと思いますが、いかがでしょうか。

 

  そして「男」なので男神さまであることを表しています。筒男三神さまはそれぞれ「底の・中の・上の、帆柱受けの太い筒柱の男神さま」ということになります。この3柱の筒男命さまも綿津見三神(わたつみさんしん)である底津綿津見神(そこつわたつみのかみ)さま・中津綿津見神(なかつわたつみのかみ)さま・上津綿津見神(うえつわたつみのかみ)さまと同様に伊耶那美命(いざなみのみこと)さまとお別れになり、黄泉国から脱出された伊耶那岐命(いざなぎのみこと)さまが筑紫(つくし)の日向(ひむか)の小門(おど)の阿波岐原(あはぎはら)で禊(みそぎ)をされたとき、水に滌(すす)いだ時にお生まれになられた神さまです。

 

 水底に滌(すす)いだ時には底津綿津見神(そこつわたつみのかみ)さまと底筒男命(そこつつのおのみこと)さま、水中に滌(すす)いだ時には中津綿津見神(なかつわたつみのかみ)さまと中筒男命(なかつつのおのみこと)さま、水面に滌(すす)いだ時には上津綿津見神(うえつわたつみのかみ)さまと上筒男命(うわつつのおのみこと)さまです。

それぞれに海底・海中・海面(海原)を分担して支配する役割をもつとされる神さまです。

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 この3柱の筒男命さまである底筒男命(そこつつのおのみこと)さま・中筒男命(なかつつのおのみこと)さま・上筒男命(うわつつのおのみこと)さまは「住吉三神(すみよしさんしん)」、またのお名前を「墨(すみ)の江(え)之(の)三前(みまえ)の大神(おおかみ)」と呼ばれています。

 

  「住吉(すみよし)」とは「清(すみ)の江(え)」から来ていると言われています。「墨(すみ)の江(え)之(の)三前(みまえ)の大神(おおかみ)」と言われるのは鎮座地が「墨の江」だからです。住吉三神の総本宮である住吉大社のある大阪市住吉区に「墨之江」の小地名があります。「住吉」は郡名や社名に使用されるのに対して、「すみのえ」は船着場の名として区別していました。

古事記の仁徳天皇のくだりに「墨の江に津(つ)を定めたまいき」とあります。ここに書かれている「津(つ)」は津々浦々などをいう場合の「津」のことで、船の出入りに便利な港湾を意味する言葉です。このことから「墨(すみ)の江(え)之(の)三前(みまえ)の大神(おおかみ)」という呼び名は、もともと住之江の港の守護神だったことからきたものだろうと考えられます。また「前」は神さまを数(かぞ)える言葉です。「墨(すみ)の江(え)之(の)三前(みまえ)の大神(おおかみ)」とは「住之江の港を守護する3柱の神さま」ということになります。

 

   歴史上でも住吉大社が祀られている摂津(せっつ)国(こく)住之江(すみのえ)の地は古代においては瀬戸内海から九州方面、さらには朝鮮・中国大陸に至る玄関口であり、海上交通の要衝でした。遣唐使として中国に渡る外交官や留学僧などもここから出港しています。祝詞の「唐(もろこし)に使いを遣(つか)わす時の奉幣(ほうへい)」によると遣唐使の船着場はもともと播磨(はりま)国(こく)(=兵庫県)にあったのを、墨の江に変えたと書かれています。

 

   「延喜式神名帳」によると「住吉三神」をお祀りするところは摂津(せっつ)国(こく)住之江(すみのえ)(=大阪市住吉区)の他に播磨(はりま)国(こく)(=兵庫県)の加茂郡(かもぐん)、筑前(ちくぜん)国(こく)(=福岡県西部)の那珂郡(なかぐん)、壱岐(いき)島(のしま)の壱岐郡(いきぐん)、対馬島(つしま)の下県(しもあがた)郡(ぐん)、陸奥(みちのく)国(こく)の磐城郡(いわきぐん)(=福島県)とあります。このように諸処にあるのは航海神として移動されるからです。住吉三神はこのように各地の港に航海・漁業の守護神としてお祀りされているのです。この点は綿津見三神が海中の宮殿にいらして移動されないのと対照的です。

 

   筒男三神さまは伊耶那岐命(いざなぎのみこと)さまが筑紫(つくし)の日向(ひむか)の小門(おど)の阿波岐原(あはぎはら)で禊(みそぎ)をされたとき、水に滌(すす)いだ時に「吐き出した息」からお生まれになったとも言われています。古代の船は風を帆に受け、また潮流の力で進む「帆船」でした。息は息吹(いぶき)=風であり、息も風も潮流も動くものです。古代の航海とは海上を風と潮流の力で船を動かして目的地まで行くものだったのです。このようなお生まれのために、筒男三神は航海の神さまとされたのではないでしょうか。

 

   「墨(すみ)の江(え)之(の)三前(みまえ)の大神(おおかみ)」は第14代仲哀天皇の皇后である息長帯日売命(おきながたらしひめのみこと)(=神功皇后)と深い関係があります。古事記の仲哀天皇のくだりに、皇后である息長帯日売命(おきながたらしひめのみこと)(=神功皇后)に帰神(かみがかり)して、皇后が男子を出産すると予言=神託(しんたく)をされたと記されています。この予言により生まれた男子は、のちの第15代応神天皇です。そしてこの神託は天照大御神さまと筒男三神さまがなされました。

  この予言が天照大御神さまとともにされたことによって、筒男三神さまの尊崇が並々ならぬことを示しています。また、このような重大な予言に筒男三神さまがかかわっているということは、神功皇后との関係がとても深いことを示しています。

 

 古事記は続けて「わが御魂(みたま)を船(ふな)の上(え)に坐(いま)せて」と言い、神功皇后に航海上の呪術を授けます。これは筒男三神さまが航海神であって、神功皇后と合一することによって航海の安全と活力を約束するものでした。そして神功皇后は新羅(しらぎ)親(しん)征(せい)を成し遂げられ、この神さまは新羅国王の門前に鎮座し「国を守らす神」となられました。このことから考えても「筒男」の神名は船の安全を守護する「船玉の神」を納める筒柱(つつばしら)が神名そのものとして信仰されたことに基づくものであろうと理解できます。

 

   もともと住吉三神さまは祖神としてお祀りする氏族がいなかったようです。日本書紀には「是(これ)則(すなわ)ち住吉大神なり」と記されていますが、奉斎氏族は記されていません。神功皇后が摂政(せっしょう)前記に住吉三神さまの荒(あら)魂(みたま)を穴門(あなと)の山田の邑(むら)(下関市一の宮町)に住吉神社を設置し、その神主を穴門(あなと)直(のあたい)の祖践(おやほむ)立(たち)にしてお祀りさせました。また、摂津の住吉神社は津守(つもり)連(のむらじ)にお祀りさせています。これは大和朝廷が神主に命じてお祀りさせたことを意味しています。津守(つもり)連(のむらじ)は大和朝廷に仕えた有力氏族です。港湾の管理、航海、それと外交などの役割を掌握して活躍した氏族のようです。

  日本書紀には津守(つもり)連(のむらじ)が朝鮮の百済(くだら)や高句麗(こうくり)、さらには唐(もろこし)に派遣されていたことなども記されており、摂津の住吉神社を津守(つもり)連(のむらじ)にお祀りさせていたことを裏付けてもいます。

 

神話の住吉三神の活躍の舞台は北九州から玄界灘の海上です。

  そして神功皇后を守護した住吉三神の素性は九州を拠点とする海人(あま)族が信仰する海神だったのではないでしょうか。海人族は古代から海上交通や漁業にたずさわり、玄界灘を渡って朝鮮半島へも足を伸ばしていたのでしょう。海人族の信仰する海神が、地の利を得て大和朝廷と結びついて国家の神として信仰を広げていったというふうに考えられます。平安朝になると「墨の江の大神」は「住吉大神」と呼ばれ、「和歌の神」さまとしても有名になりました。これは住吉大社の縁起「住吉大社神代記」や「伊勢物語」に住吉三神が和歌によって神託された という事が記されているからです。

 

   神功皇后に神託を受けたように住吉三神は託宣(たくせん)する神さまであり、それは言霊(ことだま)としての性格をうかがわせることから、和歌の上達を守護してくださると考えたためかもしれません。あるいは当時の天皇や和歌の達人といった有名人の信仰がきっかけで、和歌をたしなむ人々が勅撰和歌集に収録されるような良い和歌を詠ませてくださいと住吉三神さまにお祈りするようになったと考えることもできます。

 

 

お祀りされている神社としては

  住吉大社(大阪市住吉区)

  住吉神社(山口県下関市)

  住吉神社(長崎県芦辺町)

  住吉神社(福岡市博多区)

  息栖神社(茨城県神栖市)

   その他各地の 住吉神社

 

      などがあります。

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