014.わたつみさんしん

・海に関わる神さま 

   底津綿津見神(そこつわたつみのかみ)   別名:底少童命

   中津綿津見神(なかつわたつみのかみ)   別名:仲津綿津見神、中少童命

   上津綿津見神(うわつわたつみのかみ)   別名:表津綿津見神、上少童命

 


 

  綿津見(わたつみ)=「海(わたつみ)」がお名前につく神さまがもう3柱いらっしゃいます。底津綿津見神(そこつわたつみのかみ)さま、中津綿津見神(なかつわたつみのかみ)さま、上津綿津見神(うわつわたつみのかみ)さまです。この3柱の神さまを総称して「綿津見三神(わたつみさんしん)」と呼ばれています。

 

名義として「綿(わた)」は「海」の借訓です。「津(つ)」は連体助詞で「の」の意味です。「見(み)」は「精霊(ち)」よりも神格が高い「神霊」の意味があります。また、「津見(つみ)」は「司(つかさど)る」の古語、「綿津見(わたつみ)」=「海(わたつみ)」を表しているとも言われています。「底(そこ)」=「海底」、「中(なか)」=「海中」、「上(うわ)・表」=「海面・海原」を表しています。これらのことから、それぞれ3つの深さによって分けられた海の領域を司る神さまであることがわかります。

 海神は、古くは「ワタノカミ」または「ワタツミ」と呼びました。

 

  大綿津見神(おおわたつみのかみ)さまに対し、伊耶那美命(いざなみのみこと)さまとお別れになり、黄泉国から脱出された伊耶那岐命(いざなぎのみこと)さまが筑紫(つくし)の日向(ひむか)の小門(おど)の阿波岐原(あはぎはら)で禊(みそぎ)をされたとき、水に滌(すす)いだ時にお生まれになられた神さまです。この禊の時には6柱の神さまがお生まれになられています。

 

水底に滌(すす)いだ時には

  底津綿津見神(そこつわたつみのかみ)さまと

  底筒男命(そこつつのおのみこと)さま、

水中に滌(すす)いだ時には

  中津綿津見神(なかつわたつみのかみ)さまと

  中筒男命(なかつつのおのみこと)さま、

水面に滌(すす)いだ時には

  上津綿津綿津見神(うえつわたつみのかみ)さまと

  上筒男命(うわつつのおのみこと)さまです。

それぞれに海底・海中・海面(海原)を分担して支配する役割をもつとされる神さまです。

 

 綿津見三神(わたつみさんしん)に対し、この3柱の筒男神さまである底筒男命(そこつつのおのみこと)さま・中筒男命(なかつつのおのみこと)さま・上筒男命(うわつつのおのみこと)さまは「住吉三神(すみよしさんしん)」と呼ばれています。

 

  筒男三神が航海守護の神さまとして移動する性格が強いのに対し、綿津見三神の津見には住むという意味合いもあり、定住の性格が強くあります。そこから綿津見三神は海産物の守護神とも考えられ、龍宮にいらっしゃるのだとも言われています。綿津見三神さまと筒男三神さまは、本来は別の系統の神さまであったものが、1つの化成神話にまとめられたものと考えることができるでしょう。ちなみに「滌(すす)ぐ」とは「注(そそ)ぐ」や「洗(あら)ふ」とは異なり、水中で身体を振って洗い清めるという意味があります。「振る」のは水の霊威を物に付着させるためです。あくまでも海の総支配的神格・海という空間全体の神さまは大綿津見神(おおわたつみのかみ)さまです。それぞれの三神さまは分業形態の海神(わたつみしん)で、それらを統合した神格が大綿津見神(おおわたつみのかみ)さまと言えましょう。

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 このように役割やお働きの違いで異名を持たれ、個別の神格が認められるのも多彩な日本の神さま方の特徴です。瀬を上中下の3並対に分けるのは「三」の聖数に基づく発現で、海人族系統の伝承に多く見られます。特に「中」を良しとします。

  綿津見三神は安曇(あづみ)(阿曇(あづみ))連(のむらじ)たちが祖神としてお祀りしていた神さまです。安曇(あづみ)連(のむらじ)たちはその綿津見神の子、「宇都(うつ)志(し)日金拆(ひかなさく)命(のみこと)」さまの子孫です。安曇(あづみ)連(のむらじ)の安曇は氏(うじ)の名で、連は姓(かばね)の1つです。宇都(うつ)志(し)日金拆(ひかなさく)命(のみこと)さまの名義ですが、「宇都(うつ)志(し)」は「現実」、「日(ひ)」は「霊的な働き」を意味する言葉です。「宇都(うつ)志(し)」も「日(ひ)」も「金拆(かなさく)」の美称です。「金拆(かなさく)」は「名義称(みょうぎしょう)」(法中、132)に「縋」の訓として「かなさく」と書かれています。これによれば、「網をかがる、網を編む」の意味だとされています。

 

  そのため「安曇(あづみ)」は「網(あみ)つ里(み)」と解釈する方が良いと考えられます。本来「網」は「あま」という形で、それを使用する人を「海人(あま)」と言い、「網」は「あみ」と母音を変化させて意味が分化したと考えることができます。そう考えるとその祖先さまが「金拆」で「網をかがる、編む人」ということで自然につながります。

 

「新撰姓氏録」によると「安曇連」の祖神は「綿津見の命の児、穂高見の命」(河内国・神別)「安(阿)曇連宇都斯(うつし)奈賀命(ながのこと)」(未定雑姓・河内国)と書かれています。このことから考えると、安曇(あづみ)連(のむらじ)は筑紫地方で航海や漁業に従事した海人の部族を率いる豪族であったと言えるでしょう。

 

 

お祀りされている神社としては

  海神社(神戸市垂水区宮本町)

  志賀海神社(福岡県福岡市志賀島)

 

などがあります。

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