007.せおりつひめのかみ

・水瀬(みなせ)に関わる神さま

   瀬織津比売神(せおりつひめのかみ)   別名:瀬織津比咩神<延喜式>、

                           八十禍津日神、八十枉津日神(やそまがつひのかみ)

                            撞賢木厳之御魂天疎向津媛命

                          (つきさかきいつのみたまあまさかるむかつひめのみこと)

 


 

  神道は「祓(はら)いに始まり、祓(はら)いに終わる」と言われています。

 神社では大事な儀式の際にお祓いを受けますが、その時に非常に大きな役割を果たしているのが、「清祓(きよはらえ)の神」、「祓戸(はらえど)大神四神」です。

 

 祓戸(はらえど)大神とは

 

    瀬織津比売神         (瀧、川の神)

    速秋津比売(はやあきつひめ)神 (河口、海の神)

    息吹戸主(いぶきどぬし)神   (風の神)

    速佐須良比売(はやさすらひめ)神(霊界の神)

 

 の4柱の神さま方の総称です。

 

祓戸大神のうち3柱が生命を育む女神であり、川は飲み水、海は生命の根源として、また 息吹(いぶき)=呼吸は人間が生きていくためには不可欠なものであり、霊界はこの世を支える存在としてそれぞれが私たちにとって大切なものです。

 

 この4柱の神さまのお名前は古事記や日本書紀には直接登場致しません。

 いくつかの文献にはそのお名前を見ることができ、謎の多い神々とされています。

 今回は瀬織津比売神さまの事をお話しします。

 

  その瀬織津比売さまですが、神道の最高祝詞である「大祓詞」には「高山の末、短山の末より さくなだりにおちたぎつ速川(はやかわ)の瀬に坐(ま)す瀬織津比売という神、大海原に持ちいでなむ」とあります。このことから、川の瀬が織りなすところにいらっしゃる女神さまであることがわかります。また 瀬(川)を織る(折る)=「瀧」、比売(ひめ)は「女性」を表しますので、瀧の女神さまであるということがわかります。「さくなだり」とは「さく」(割く)「なだり」(雪崩)です。このことから 岩を裂き 瀧のように流れ降る急流=「裂けた谷」と解釈することができます。高い山や、低い山を水源として勢いよく流れ降る谷間の急流を下って落ちてくる速川の瀬に宿る瀬織津比売さまが、川の力によって人々や社会の罪(つみ)穢(けが)れなどを洗い清め、大海原に押し流してくださるということから、川に宿る大自然の神さまともされています。

 

  「大祓詞」の最古の注釈書で空海が著したとされる「中臣祓注抄」では「速川の瀬」を「三途の川なり」と説明しており、「神官方書」では「瀬織津姫は三途の川のうばなり」と書かれています。

 三途の川のうばとは「奪衣婆(だつえば)」のことです。

 瀬織津比売さまは人々が犯した罪穢れ(=衣類)を剥ぎ取り、

  生まれたままの姿に戻す働きをお持ちの神さまであると言えます。

 

 

禊(みそぎ)は「身削(みそ)ぎ」で身(ミタマ)の垢(あか)を削ぐことです。いわば自分の我欲の心から出た<アカ>をそぎ落とすことです。祓(はらえ)は穢(けが)れをなくし、本来の正しい姿にかえることです。これを常に念頭に置いて考える時、人間は激流にもまれ、そして磨かれ初めて清い光が出てきます。これが瀬織津比売さまのお働きと言えるでしょう。

 

  吉田神道の清原宜賢の「中臣祓解」では「瀬織津比咩(せおりつひめ)とは伊耶那岐命(いざなぎみこと)のみそしきたまう、あまたの神、出生したまえり。九神をうみ、六神をうみたまふ。其の出生の神たちの摠名(そうめい)なり。」とされています。また垂加神道の山崎闇斎「風水華」では「此姫者(このひめは)天照大神荒魂(あらみたま)。内宮別宮荒祭宮(あらまつりのみや)是也」としています。ホツマツタエでは日本書紀神功皇后の段に登場する撞賢木厳之御魂天疎向津媛命(つきさかきいつのみたまあまさかるむかつひめのみこと)と同名の向津姫(むかつひめ)を瀬織津比売と同一神とし、天照大神の皇后としてある時は天照大神の名代として活躍されたことが記されています。

 

  一般的には天照大神(=太陽神)は女神さまですが、ホツマツタエのような古文献では男神と記されていることもあります。西洋の神話でも太陽神は男神として記されることがほとんどです。瀬織津比売さまが天照大神に向き合える女神=奥様であるならば、内宮別宮にお祀りされていても不思議ではございません。

 

  本居宣長は「大祓詞解釈」において瀬織津比売さまについて独特な解釈をしています。それは禍津日神(まがつひのかみ)と同じ神であるとするものです。「此神(このかみ)の御名(みな)の瀬織は瀬下(せおり)にて、かの大御神(伊耶那岐命(いざなぎみこと))の中つ瀬に於降迦並伎(おいておりかづき)たまふ。とある意の御名也(みななり)。かくて此神(このかみ)すなわち禍津日神(まがつひの)かみ)也(なり)。」としています。この根拠は「倭姫命世紀」に「荒祭宮一座、皇大神(すめおおかみ)荒魂、伊弉那伎(いざなき)大神所生(うみます)神、名は八十枉津日神(やそまがつひのかみ)也(なり)、一名 瀬織津比咩神是也(これなり)。」であることからです。なぜ、禍津日神(まがつひのかみ)が祓戸の神になるのかについては「深き理(ことわり)ある事なりける。」としています。

 

  禍津日神(まがつひのかみ)さまとはどのようなお働きをされる神さまでしょうか。

火の神・火之迦具土神(ひのかぐつちのかみ)さまをお産みになられた時に陰部(ほと)を焼かれて、お亡くなりになった伊耶那美命(いざなみのみこと)さまの死を嘆き悲しんだ伊耶那岐命(いざなぎみこと)さまが黄泉津国(よもつくに)(=死者の国)へ伊耶那美命(いざなみのみこと)さまを迎えに行きましたが、伊耶那美命(いざなみのみこと)さまのあまりの恐ろしい変わりように驚いて逃げ、地上に戻られました。伊耶那岐命(いざなぎみこと)さまは黄泉津国(よもつくに)で御身が汚れてしまったとお思いになり、その汚れを日向(ひむか)の橘(たちばな)の小戸(おど)の阿波岐原(あはぎはら)の中つ瀬で洗い流す=禊祓(みそぎはらえ)をされた時に黄泉津国(よもつくに)で身につけた汚れつまり穢れからお生まれになった神さまが禍津日神(まがつひのかみ)さま(八十禍津日神(やそまがつひのかみ)さまと大禍津日神(おおまがつひのかみ)さまの2柱)とされています。

 

 禍津日(まがつひ)とは罪穢(つみけが)れ、身(ミタマ)の垢(あか)のことです。

「八十(やそ)」とはたくさんの意味を表す日本の聖数です。また、「大」はその中で最大のものを表します。八十禍津日神(やそまがつひのかみ)さまは「人が一生の間に犯すたくさんの罪穢れ」を表し、大禍津日神(おおまがつひのかみ)さまは「その中で最大の罪穢れ」を表しています。この2つの罪穢れが禊祓(みそぎはら)うべき最初に数えられていることは、罪の存在と自覚が祓いの第一歩であることを意味しています。

 

禍津日神(まがつひのかみ)さまのお名前に使用される字や音からは良い印象を受けないかもしれませんが、罪穢れがいかに自分を損なうものであるのかの反省を促す役割のためにいらっしゃる神さまであり、いわゆる悪神ではないのではないでしょうか。悪神であれば「日」という光を表す字は使われないと考えます。自分の罪穢れを自覚する=光を当てる ということではないでしょうか。ですから、お生れくださった2柱の禍津日神(まがつひのかみ)さまはその働きから考えると祓いの神さまととらえることもできると思います。

 

   上記のことから「瀬織津比売さま」とは人々が犯したたくさんの罪穢れを自覚し反省したときに、水の勢いの霊力を持って、本来の正しい姿に戻るための力になってくださる神さまと言えましょう。

0129image_seorituhime

 

 

 

お祀りされている神社としては

  瀬織津比売さまとして

   佐久奈度神社(滋賀県大津市)

   速川神社(宮崎県西都市)

   日比谷神社(東京都港区)

   伊豆神社(岩手県遠野市)

   早池峰神社(岩手県遠野市)

  撞賢木厳之御魂天疎向津媛命さまとして

   廣田神社(兵庫県西宮大社町)

    大禍津日神として

   津島神社(愛知県津島市)

 などがあります。

にほんの水

にほんの水

PAGETOP
Copyright © wp水や co.,ltd. All Rights Reserved.