013.おおわたつみのかみ

・海に関わる神さま

  大綿津見神(おおわたつみのかみ)

 


 

 

これまでは、主に水源や河川など陸上を流れる水の神さまについてお話しさせて頂いておりました。


今回から海に関わる神さまについてお話しさせて頂きます。

名義として「大(おお)」は美称で「偉大な」の意味です。「綿(わた)」は「海」の借訓です。「津(つ)」は連体助詞で「の」の意味です。 「見(み)」は「精霊(ち)」よりも神格が高い「神霊」の意味があります。また、「津見(つみ)」は「司(つかさど)る」の古語、「綿津見(わたつみ)」=「海(わたつみ)」を表しているとも言われています。これらのことから「偉大な、海の神霊」、「大海を司る神」を表していることがわかります。海神は、古くは「ワタノカミ」または「ワタツミ」と呼びました。

この1柱の神さまは古事記では伊耶那岐命(いざなぎのみこと)さまと伊耶那美命(いざなみのみこと)さまの国生みに引き続き、山川草木の神々さまを生む中に誕生されています。古事記では、伊耶那岐命(いざなぎのみこと)さまと伊耶那美命(いざなみのみこと)さまが家々に関連する神々をお生みになられたのち、海神さま1柱(大綿津見神(おおわたつみのかみ))、水戸神(みなとのかみ)さま(速秋津日子神(はやあきつひこのかみ)・速秋津比売神(はやあきつひめのかみ))2柱をお生みになられました。


  古事記には綿津見神(わたつみのかみ)・大綿津見神(おおわたつみのかみ)と記されています。「ワタ」は「渡」の意味と解釈されています。また、日本書紀ではまったく登場されません。その代わりにワタツミと呼ばれる神さまが綿津見、海神、少童命などと表記されて登場されます。おそらくこれらが古事記の神名と同一の神さまであると思われます。

大綿津見神(おおわたつみのかみ)さまは伊耶那岐命(いざなぎのみこと)さまと伊耶那美命(いざなみのみこと)さまの国生みにおいて、8番目にお生まれになっております。海神としては神話に初めて登場された神さまです。ですが、そのお名前は生まれた時に見えるだけで、そのお働きについて詳しく語られておりません。この神さまは「海」という空間全体にかかわる神さまであり、海神とも称されるように海の主宰神ともいうべき性格をお持ちになっています。ですが、あまり有名な神さまではございません。


  大綿津見神(おおわたつみのかみ)さまの姉娘、豊玉毘売命(とよたまびめのみこと)さまは山幸彦(やまさちひこ)さまと結婚し、鵜葺草葺不合命(うがやふきあえずのみこと)さまを お生みになられた神さまです。古事記の「海(うみ)幸彦(さちひこ)と山(やま)幸彦(さちひこ)」の神話はとても有名お話しなので、読まれたりお聞きになられたりして、ご存知の方も多いかと思われます。

  この神話は山幸彦(やまさちひこ)(=穂穂手見命(ほほでみのみこと))さまが兄の海幸彦(うみさちひこ)(=火照命(ほでりのみこと))さまから借りた釣り針を海中に落として無くしてしまいました。そのことを海幸彦さまに責められた山幸彦さまが、塩椎神(しおつちのかみ)さまの助けを受けてそれを探しに出かけたのが、海神(=綿津見神)の宮でした。海神には豊玉毘売命(とよたまびめのみこと)さまという娘がおり、山幸彦さまとご結婚されました。

  山幸彦さまが落とした釣り針の行方を

探していることを知った綿津見神さまは、

大小の魚すべてを招集してその行方を問いかけ、

のどに異物が引っかかって

苦しんでいる鯛がいることを聞き出しました。
 こうして、その鯛ののどから釣り針が見つかり、山幸彦さまは地上に帰還することになります。山幸彦さまが海神の宮から帰還するときに、綿津見神さまは海幸彦を懲らしめ降伏させるために、呪詛(じゅそ)の言葉と海水の満潮、干潮をあやつる潮盈玉(しおみつたま)と潮乾玉(しおひるたま)を授けています。また、2つの玉を授ける際に、綿津見神さま自身が水の支配者であることとその玉の使い方を教え、地上に返しました。山幸彦さまはその教えの通りにし、兄である海幸彦さまを貧しくさせ、海水で溺れさせ、ついには降伏させました。この海幸彦さまが溺れ苦しんでいる様子の演技が隼人舞として伝えられています。

  この神話から綿津見神さまは大小の魚すべてを招集したことにみられるような海の支配者であり、山幸彦さまへの教えで自らお話しされているように、海に限らず地上の水さえも調節する力を持つ水の支配者でもある、という2つの性格をお持ちになっていたことがわかります。通常は海の神と単純に考えられている綿津見神さまは実は「水全般の神さま」でもありました。

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 しかも、人の貧富を左右する力を持っていたことが、明らかになっています。


  また、少童命さまという別称ですが、これは海の他界である「常世の国」(=古代人の理想郷)において童形(どうぎょう)つまり子どもとして復活するという信仰に基づいています。この信仰は中国でも同様で文選(もんぜん)の西京賦(せいきょうふ)に「海若」という記載があり、呂延済(りょえんざい)の注に「海神」とあり、また呉都賦(ごとふ)に「海童」とあり、劉良(りゅうりょう)の注に「海神ノ童」とあります。
 このようなことから、「わたつみ」の「わた」の語源を「をと」=「若返る」の意味で「をとこ・をとめ」の「をと」と同じだという説もあります。

  日本の神さまの観念においては 海神に限らず、水の神さまが子供の姿形をとっていたとする考え方や水神と子どもとの深い関係は広く見られます。例をあげますと「河童(かっぱ)」や「はなたれ小僧」のお話しなどの各地に伝えられる水神にまつわる伝説も同じです。はなたれ小僧のお話しは、水の神さまと子どもとの深い関係を物語ると同時に、水の神さまが家の繁栄と没落を左右する力を持っているという観念の存在を物語っています。古事記の「海幸彦(うみさちひこ)と山幸彦(やまさちひこ)」の神話に見られた水の支配者としての海神が、人の貧富を左右する力を持っていたこととのつながりを見て取ることができると思います。


 このように海神の性格は時代を超えて、水の神さまとしての性格として生き続けています。


お祀りされている神社としては

   海(かい)神社(兵庫県神戸市垂水区)
   志賀海神社(福岡県福岡市志賀島)
   海神(わたつみ)神社(長崎県上県郡峰町)
   沼(ぬ)名前(なくま)神社(広島県福山市鞆町)
   海(かい)童(どう)神社(佐賀県佐賀郡川添町)
   和多都美神社(長崎県下県郡豊玉町)


などがあります。

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